2008年6月28日土曜日

[ホワイトアウト]を観ました。

来たーーーーーーーーーー!!!!!

日本最大級のダムがテロリストに占拠されてしまう。彼らはダムの職員らを人質にとり、政府に50億円を要求する。大雪のために警察も手をこまねく中、ダム運転員の富樫は仲間を救うためにテロリストに立ち向かっていくのである。

日本最大の貯水量を誇る新潟県奥遠和ダムの作業員・富樫(織田裕二)は、同僚の親友・吉岡(石黒賢)と共に向かった遭難者の救出の途中、吹雪と霧で作り出された視界ゼロの世界“ホワイトアウト”に遭遇し、結果、吉岡を死なせてしまう。それから2ヶ月後。奥遠和ダムで吉岡の婚約者・千晶(松嶋菜々子)の訪問を待っていた富樫は、突然、ダムを襲ってきたテロリスト・グループによるダム・ジャック事件に巻き込まれる。かろうじて最初の難を逃れた富樫は、仲間と下流に住む住民を守るため単身、テロリストに闘いを挑む。

撮影は相当寒かったでしょうね。

2008年6月22日日曜日

リチャード・ドレイファスの[陽のあたる教室]を観ました。


久々に感動する映画を観てしまったのです。
リチャード・ドレイファスといえば、[アメリカン グラフィティ][未知との遭遇]が印象的ですね。
この[陽のあたる教室]では、まさに適役ですね。感動して涙でうるうるしてしまう映画です。

・・・・・・・あらすじ・・・・です。
生活のために音楽教師となった男がやがて教師という職業に情熱を持つようになり、定年までを懸命に生きる姿を感動的に描いた人間ドラマ。1965年、生活のために高校の音楽教師となったホランドだったが、生徒たちは音楽に興味を示さず、オーケストラ演奏させても最悪だった。それでもホランドは音楽の魅力を語り、生徒たちもジャズやポピュラーを聞かせる彼の授業に興味を持つようになる。女子生徒にクラリネットの個人レッスンをしたり、単位の足りない生徒の面倒を見たりと、多忙な日々が続いた。そんな時、ホランドに待望の長男が誕生する。大喜びするホランドだったが、長男のコールは生まれつき耳が不自由だった。その現実から逃れるため、ホランドは学校の仕事に没頭する。そしてそのことで、コールは心に傷を負うようになってしまう……。

まだ、見ていない人は絶対に観る価値はあります。

हिसशिबिरू

2008年6月21日土曜日

ジュリアロバーツの[愛に迷った時]を観ました。



またまたジュリアロバーツの映画を観てしまいました。

・・・・・・・あらすじ・・・・・・です。

ある日、夫エディの浮気現場を目撃してしまったグレース。問い詰めてもシラを切り通すばかりの夫に腹を立てた彼女は、娘を連れて実家に転がり込む。そしてこの出来事をきっかけにして、グレースは満ち足りていたはずの結婚生活や、1人の人間としての自分の人生を見つめ直す。ジュリアは、いろいろ苦労したのですね。

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彼女の幼少時代は決して幸せではなく、幼いときに両親は離婚し、10歳のときに父親がガンでなくなった。高校を卒業後、演劇に夢中であった兄(エリック・ロバーツ)と姉(リサ・ロバーツ)に影響され女優の道を進むことになった。人気が出てきたのは「プリティ・ウーマン」出演後で、世界中でシンデレラガールともてはやされた。しかしこの頃から有名人になったことで思い悩み、一時期はドラッグ中毒説や引退説などもあったが、それを克服し現在に至っている。かつて恋愛関係にあった俳優は多数おり、ディラン・マクダーモット、キーファー・サザーランド、リーアム・ニーソン、ジェイソン・パトリック、ダニエル・デイ・ルイス・・・。共演者とよく恋愛関係に落ちる女優さんです。93年には、カントリーシンガーのライル・ラヴェットと結婚したがすぐに離婚しています。

2008年6月15日日曜日

<個人教授>を観ました。


 


主演のナタリー・ドロンはこの作品で一躍脚光を浴びました。ルノー・ベルレーもこの映画の後、市川崑監督の日本映画『愛ふたたび』に出演しています。

 一流学校の哲学科に在学中の一八歳のオリビエ(R・ベルレー)は、ふと知りあった年上の女フレデリク(N・ドロン)に強く心を惹かれてしまった。彼女は、有名なイタリア人レーサー、フォンタナ(R・オッセン)の愛人。ある日、インディ・レースの実況を見たいというフレデリクのためオリビエはテレビをくめんしたり、わざと英語の翻訳をたのんだりして彼女の関心をひくよう心がけた。そんなオリビエをフレデリクとしてもうれしくないわけはなかった。一方ではフォンタナへの愛に、他方でオリビエの一途な気持に、フレデリクの心はゆれた。彼女はひとりでスキー場に出かけた。そのスキー場にオリビエ一家も来ていた。手に手をとってスキーを楽しんだ日の夜、オリビエはフレデリクの部屋にしのびこんだ。二人はベッドに入った。がその時電話が鳴った。アメリカにいるフォンタナからだった。オリビエは怒りに燃え、憤然と部屋を出た。しかし彼の青年らしい自尊心も長くは続かなかった。翌日の夜パーティをぬけだした二人は、激しく愛し合った。パリに帰ってからも二人の愛は続いた。そんなある日、フォンタナが帰って来た。アパートで二人の姿をみたオリビエは、自分たちの愛が終ったのを知った。数日後、オリビエはフォンタナの待ち伏せをうけた。あの日以来、フレデリクが姿を消したとのことだった。オリビエは、直感で、フレデリクの居場所をつきとめた。彼女は、オリビエとの愛にかける決心をしていた。が、オリビエはフォンタナに彼女の居場所を電話で知らせ、去っていったのでした。
音楽が哀愁を漂わせるいい感じです。


2008年6月14日土曜日

ニコール・キッドマンのコールドマウンテンを観ました。


いつも二コール・キッドマンの目に吸い込まれそうになりながら観ています。

南北戦争末期の1864年。"コールド・マウンテン"と呼ばれる田舎に牧師の父娘がやってきた。美しい牧師の娘エイダ(ニコール・キッドマン)と街の無口な青年インマン(ジュード・ロウ)は,短い出会いの中でお互いを意識した。

しかし,インマンは南軍兵士として戦場に出てしまう。戦争は人を悪魔に変えてしまうほどの悲しく,残酷な時間なのです。エイダに会うために脱走兵として果てしない旅に出るインマン。しかしエイダにもまた過酷な運命が待っていた…

モンロー牧師の急死で落胆するエイダを励ます、ルビーの野生的な感性に刺激され自然の中で生き抜く強い女へと変身していくエイダ。 瀕死の状態から脱出し、幾つもの困難を乗り越え、恋人の待つコールドマウンテンを目指しひたすら歩き続けるインマン。 純粋な真の愛だけが二人の男女を強くする、まさに21世紀の代表となるべく純愛映画。

エイダ役のニコール・キッドマンは『めぐりあう時間たち』で見事オスカー女優の仲間入りを果たし、ハリウッド代表の女優となる。 二人の子供を育てながらも、その美貌は変わらず。 今最も注目されている女優です。


2003年アメリカ作品。 上映時間155分。監督/脚本: アンソニー・ミンゲラ 製作:アルバート・バーガー/ ウィリアム・ホーバーグ/ シドニー・ポラック/ ロン・イェルザ 製作総指揮:ボブ・オシャー/ イアイン・スミス/ ボブ・ワインスタイン/ ハーヴェイ・ワインスタイン 原作:チャールズ・フレイジャー 撮影: ジョン・シール 美術: ダンテ・フェレッティ 編集:ウォルター・マーチ 音楽: ガブリエル・ヤーレ 出演: ジュード・ロウ/ ニコール・キッドマン/ レニー・ゼルウィガー/ ドナルド・サザーランド/ ナタリー・ポートマン/ フィリップ・シーモア・ホフマン/ ジョヴァンニ・リビシ/ レイ・ウィンストン/ ブレンダン・グリーソン/ キャシー・ベイカー/ ジェームズ・ギャモン/ アイリーン・アトキンス/ チャーリー・ハナム/ ジェナ・マローン/ イーサン・サプリー/ ジャック・ホワイト/ ルーカス・ブラック・ メローラ・ウォルターズ/ タリン・マニング


2008年6月9日月曜日

映画<グリーン・カード>を観ました。


ブロンティ・パリッシュの笑顔がとてもかわいいですね。

ストーリーはこんな感じでしょうか・・・・・
ニューヨークで、ある1組の男女が書類上だけの夫婦となる偽装結婚をした。女はブロンティー・パリッシュ(アンディ・マクドウェル)、園芸家でエコロジー活動にも熱心なニューヨーク・ウーマンで、ベランダに温室のある共同組合経営のグリーン・カードアパートの居住資格を手に入れるために夫婦であることが必要だった。そして男は、ジョージ・フォレー(ジェラール・ドパルデュー)、フランス生まれのコスモポリタンである彼は、アメリカでの長期滞在の永住許可証を手に入れたかった。思惑が一致した2人は共通の友人によって出会い、慌ただしく結婚証明をすませると握手をして右と左に別れていった。努力のかいあってブロンティーはアパートの入居資格を手に入れたが、仲間たちと入ったレストランに、作曲家というふれこみのジョージがウェイターとして働いていて、ブロンティーは思わず目をそらす。念願のアパートに入居してほっとしたのも束の間、INS(入国管理局)の調査員が本当に結婚しているかどうかチェックに来るという。慌ててジョージを捜し出し、何とかその場をしのいだ2人だったが、調査員は何となく半信半疑。ほとぼりがさめるまで一緒に暮らすようにと弁護士から言われたブロンティーは嫌々ながらジョージとの生活を始める。生まれも育ちも違う2人は政治信条からコーヒーの入れ方までバラバラ。衝突しウンザリするブロンティーだったが、親友のローレン(ベベ・ニューワース)のパーティーで素晴しいピアノの腕前を披露したジョージの才能と人望に驚き、「直観を信じろ」という彼の言葉に、かたくななブロンテイーの心は動かされていく。2人は数カ月後に予定されているINSの本格的面接調査に備えて、お互いにデッチ上げた架空のデータを暗誦しあう。ポラロイドカメラを使って新婚旅行や結婚式の偽造写真も作った。便宜上の結婚ではあったが、2人は次第に何かを感じ始め、ジョージはブロンティーのボーイフレンドを怒鳴りつけたりしてしまう。罵り合いながらIMSの面接に出かけた2人は、調査員の質問に次々とうまく答えるが、最後の最後でジョージが失敗、調査員に見破られてしまう。「悪いのは自分だ、彼女は見逃してくれ」とジョージは調査員に懇願する。そうとは知らぬブロンティーは無事面接がすんだと思い込み、何となく名残り惜しさを憶えつつジョージに別れを告げる。しかし数日後、再びジョージに会いたい気持ちをおさえられず、初めて会った喫茶店を訪れたブロンティーの前にジョージが現われた。しかしジョージの後ろにはINSの調査員が。故国への強制送還を言い渡された彼はブロンティーを抱きしめ、全てを悟ったブロンティーも初めて素直な心を彼の前に見せるのだった。
最後のシーンで、カフェでひとり待っている場面のブロンディーは、とてもかわいい乙女でした。

2008年6月7日土曜日

映画<シンデレラマン>を観ました。

ラッセルクロウがいい味出してますね・・・・・・。
『シンデレラマン』というタイトルから「一体、どんな内容なんだろうか」と思う方もいるかもしれないが、この作品は実際に“シンデレラマン”と呼ばれた男の人生を描いたドラマとなっている。不遇な境遇からお姫様の座を手に入れたシンデレラのように、この“シンデレラマン”と呼ばれた男もそういった立場から自分の夢を掴んでいる。清廉潔白で、家族のために生き、結果的にアメリカンドリームを手にした男の物語がこの『シンデレラマン』。  男の名はジム・ブラドック、アイルランド系として1906年にNYに生まれている。アマチュア時代からボクサーとして頭角を現し、19歳でプロデビュー。強烈な右ストレートを武器に連戦連勝を重ね、1929年に世界タイトルに挑むが判定の末、敗戦。その際に武器である右手を負傷。同年の世界恐慌により投資していた財産も失う。ボクサーとしては完全に転落し始め、常に右手に不安を抱えての噛ませ犬的な出場、結果的にはライセンスを剥奪され、日々の生活もままならない状態に陥る。そんな男に奇蹟ともいえる舞台がやって来る。世界第2位の若手成長株との試合であった。この試合を契機に後に“シンデレラマン”と呼ばれるようになる男のドラマが始まる。  この時代に語り継がれながらも、年月と共に忘れ去られようとしていた男ジム・ブラドックの物語を再び引っ張り出したのが新人脚本家のクリフ・ホリングワース。彼はこの作品のきっかけについて「ブラドックは国中の人々に勇気と希望を与えてヒーローとなったが、今はその勇姿が忘れ去られようとしている」と語っている。その後、ブラドックの息子たちなどとも知り合い、脚本を書き上げた。この脚本に大きな感銘を受けたのがラッセル・クロウ、レネー・ゼルウィガー、ロン・ハワードだった。ラッセル・クロウはその感動を「脚本を読むたびに鳥肌が立ったよ。これは全て実際に起きたことなんだ。」、ブラドックのあの一戦を実際にラジオで聞いていたという監督のロン・ハワードは大恐慌の時代を生きた人々に子供の頃から大きな興味を抱いていたが「偶像的な話ではなく、アメリカの大衆を揺さぶったリアルなものを描きたかった。ここには当時の人が誰もが抱いていた“家族を守りたい”という願いがある。そこにこそ勇気の根源があるんだ。」と語っている。

出演はラッセル・クロウ、レネー・ゼルウィガー、ポール・ジアマッティ、『13F』のクレイグ・ビアーコ、『インサイダー』のブルース・マッギルなど。  この作品は2時間半近くの長さがありながらも、そうした長さを全く感じさせず、物語の展開が分かっていながらも、最後には熱い感動に包まれてしまうヒューマン・ドラマだ。作品に心血を注ぎ、ボクサーとしての体を作り上げたラッセル・クロウ、どんな状況であろうが彼を支え続ける妻を演じるレネー・ゼルウィガー、やはり彼を見捨てないマネージャーを演じるポール・ジアマッティら役者陣の演技も見事である。特に迫力のあるボクシング・シーンやそれを会場で取り巻く観客、バーのラジオで聞ききながらブラドックに肩入れしていく庶民の臨場感はこちらの気分も自然と高揚させていく。こうしたロン・ハワードの演出のうまさには本当に惚れ惚れとさせられてしまう。アカデミー賞をはじめとするオスカーの最有力とされるのもうなずける素晴らしい内容の作品だ。  ただ、個人的にはこの作品がこうした時代に出てきたという部分が気になった。仮にアカデミー賞を取れば、時代を超え語り継がれる作品になるかもしれないが、どうしてもそこの部分が外せないと感じるのだ。主人公もその妻も真正直な人間である。どんな貧乏にあろうが、盗みなど人の道から外れたことをせず、なんとか暮らし続ける。プライドに捉われるわけではなく、それは人間として失ってはいけない子供たちの手本となるべき姿、生き方だ。そんな中、どん底に落ちるしかなかった男には再びチャンスがやって来て、それを見事に手にする。これは全てに平等のチャンスがある、何度でもやり直しが効くというアメリカン・ドリームとでもいうべき世界である。また、作品には当時、セントラルパークに自然発生的に出来ていた“フーヴァー村”(当時の大統領の名からとっている)と呼ばれる大恐慌のあおりで住居まで失った人々の暮らすコミューンが出てくる。その時代を物語るシーンだが、ここにいる人々は共産主義という名目の下に公的な機関から度重なる圧迫を受けている。ブラドックはそのために友人を亡くす。何かが過剰で、何かが足りないアメリカ。この作品はアメリカ万歳的な映画ではなく、アメリカが失ったものを取戻そうと訴える、希求する映画であり、その代表、ヒーローとしてのジム・ブラドックなんだろう(今の時代にアメリカにこうした人物は登場するのだろうか。